ヴィア・フェラータの提唱

アルプスに始まったヴィア・フェラータがヨーロッパのみならず世界の各地に広がっている。ヴィア・フェラータ(イタリア語で鉄の道−−−もともとは戦時下で山岳兵と物資を山中で安全、迅速に移動する手段だった)は、岩肌を囲むように打ち込まれた、一連のケーブル、レールと横木による登山道を指す。いわばフィックスロープを岩稜に張り巡らしている状態だ。人々はそのケーブルにハーネスに結んだランヤードのカラビナを掛けて滑落しても大事に至らないようにしてトレッキングでは味わえないクライミングを楽しんでいる。ヴィア・フェラータはアルピニストやロック・クライマーにしか到達できない、景観豊かな山岳部分へのアクセスを可能にし、通常の登山では味わえない達成感、興奮そして美しい景観を与えてくれる。現在、イタリア、ドイツ、フランス、オーストリア、スロバキア、スロベニア、スイス、スペイン、アメリカ、更にはインドネシアのキナバルにも、世界中にヴィア・フェラータルートが急速に増えている。

一方日本には鎖場がある。近郊の低山にも北アルプスの高みにも鎖場は多数存在する。しかし鎖場は手で握って岩場の上り下りの補助手段とするが登山者の安全を確保していないのが一般的だ。誤って手を離せばそのまま墜落する可能性がある。剣岳や槍穂高の高山の鎖場やその前後の難所で毎年滑落事故が発生する。小生も高校時代に不帰ノ嶮の梯子を悪天候の日に通過する羽目になり雨を吸ったテントの重荷と寒さで危うく梯子から手が滑りそうになったのを昨日の様に鮮明に覚えている。50年も前の話だ。誰でも鎖場での怖い思い出を一つや二つ持っているものだ。たまたま運が良かったのかもしれない。

ヴィア・フェラータはハーネスに付けたショックアブソーバ付きのランヤード(命綱)のカラビナをワイヤーに掛けて滑落しても支点で止まるようになっている。これがヴィア・フェラータと鎖場の大きな違いだ。登山者は滑落の危険から確保されているのである。ヴィア・フェラータで岩場を上り下りするとこの安心感を大きく実感できる。そしてクライミングのスリルを味わいながらもっと先まで行ってみようと言う気分になる。そう恐怖を乗り越えて前へ進む心になれるのだ。これがヨーロッパでヴィア・フェラータが急速に普及する原因となっている。トレッキングからクライミングへ憧れる人々の安全かつ簡便にクライミングを実現できる場となったのだ。
一般にクライミングというと都会のジムで高難度を目指すフリークライミングということになるが多くの人はトレッキングの延長のバックカントリークライミングを望んでいる。ドロミテに始まったヴィア・フェラータがそれを実現する大きな流れとなって現れたのだ。有名スキー場やアルプス山麓の町や村も夏の客集めにトレッキングだけでなくヴィア・フェラータを設置する所が増えている。そしてガイド組合もトレッキングからクライミングに憧れる登山者の顧客拡大にヴィア・フェラータ・クライミングを積極的に進めている。グルノーブルのガイド組合では定期的にヴィア・フェラータ・ガイドを実施している。一人1万円の参加費で5−6人が参加できるのでガイドにとっても良いプログラムのようだ。ロープを使った通常のクライミングガイドでは二人までに限定されるがヴィア・フェラータ・ガイドの導入でトレッキングからクライミングに向かう層の拡大を計れる。スポーツ店もヴィア・フェラータで着用が義務づけられているハーネス、ランヤード、ヘルメットの3点セットの拡販が計られる。

一方日本の鎖場やその前後の難所でいちいちロープを出して確保の体勢を取るのは煩わしく待たされる後続者にも迷惑をかける。だから怖くても鎖を手に持ってエイヤと乗り越えるしかない場合が多い。その時が悪天候だったり体調が悪かったりする。そしてそれが重大な事故につながる可能性がある。山を愛する人々の真の顧客満足とは何かをヨーロッパのヴィア・フェラータの普及を見ることにより学ぶことができる。我々は一日でも早く鎖場や難所のヴィア・フェラータ化を実現しなければならない。

フランスに行ったとき都市にあるので有名なグルノーブルのヴィア・フェラータを見てきた。それは旧市街のバスチーユの麓にあった。バスチーユとは城塞のことでローマ時代の遺跡が観光地となっている。
ここのヴィア・フェラータは唯一都市のど真ん中にある世界でも希有のコースだ。地元のクラブで手厚く維持されていてこの時期(3月)他のコースが雪で閉鎖されているため多くの人が訪れる。見ていると地元の高校生とおぼしき一団がわいわい登り始める。その後はドイツから来た3人組だ。小生もシャモニーのスネルスポーツで購入したカラビナセットをハーネスに付けて練習コースを一周する。やる前はなんだ山岳版フィールドアスレティックかと少々馬鹿にしていたが何の何の結構面白い。ワイヤーにカラビナを通して安全を確保して鉄筋のステップと吊り橋と綱渡りワイヤーを組み合わせるのが基本のようだ。クライミングとは少々次元の違う遊びだがこれはこれでクライミングとフィールドアスレティックの面白さを手軽に味わうことができる。最近はヴィア・フェラータの欧州ツアーもあるようだ。皆さん手軽なクライミングができるのを望んでいるのだ。

高校生の一団。先生から説明を受けている。


そのうちわいわいと賑やかに登り始める。先頭の生徒はなかなか敏捷だ。


綱渡りが肝試しとなる。女子生徒がきゃーきゃー叫ぶ。


それから鉄筋のステップを横にへずってゆく。


最後に吊り橋をわたり第1ステージ終了。30分くらいか。


次にドイツから来た若者が練習コースでウオーミングアップ。


小生も真似てみる。これ結構面白い。


コース麓と頂上に2カ所あり全部で2時間くらいだ。好きな人は毎週トレーニングを兼ねて登っているようだ。こういうのが近所にあれば小生もそうします。是非日本にも作ろう。


練習コースを一周。カラビナは必ず次のセクションのワイヤーにかけてから前のをはずす。手にした鉄筋ステップを登るのが基本だが2−3級の岩場はそのまま残してクライミングの楽しさも味わえる。高校生はスニーカーだったがアプローチシューズが最適。


練習セクション。5m程だがこれでも結構面白い。


通りを人が行く向こうの壁がヴィア・フェラータだ。200m上がバスチーユ頂上。


こんな町中にヴィア・フェラータがあり頻繁に登られているのはヴィア・フェラータがクライマーのみならず町の人々に市民権を得て愛されている証拠であろう。

ヴィア・フェラータが発祥の地ドロミテで皆さんにいかにあいされているかを見ることができた。
北イタリアのボルツアーノからバスで1時間ほどで2800m程の連峰が起立するカティナッチョ山群のパオリーナリフトに着く。リフトから1時間でロット岩峰小屋に至る。ドロミテの全貌を眺められる素敵なプロムナードだ。小屋から1時間半ほどでロット岩峰の肩にでる。ここから右の稜線を往復するのが初級ヴィアフェラータ。200m程のクライミングだ。右の小岩峰までは日本の鎖場感覚で気楽に登れる。そこから左にクラック状をトップに向かうのがハイライト。ほとんどがAグレードで頂上下にA/Bグレードが一つ。そこは高度感のあるクライミングが楽しめる。


1時間ほどで登れる快適なルートなので人気がありたくさんの人が集まってくる。


小生も前のアベックに続いて登り始める。皆さんここはヴィアフェラータせず鎖場と同じに手でワイヤーを手繰って登ってゆく。


人気ルートで混みそうなので早々に下ると取りつきにおじさんが犬を連れてヴィアフェラータの準備中。ワンちゃんどうするのですか。見てるとワンちゃんを岩に結わえておじさんすたすたと登りだした。ワンちゃん悲しそうにわんと吠えて岩にこだましてました。いやはや。さすがにヴィアフェラータの本場ですな。生活に根付いています。


おじさん曰く、晴れたら犬といつもここに来るのじゃよ。
我々もこんな気楽で素敵なヴィア・フェラータを町の近くに持ちたいものです。